1979年 生まれ
未年(ひつじとし) 牡羊座
厚生労働省認可 柔道整復師 免許
環境省 認可 SDGsパートナー
【 SDGsとは 】
『持続可能な開発目標』という意味で、
世界機関である国連(国際連合)が主催して、日本では環境省が統括している世界規模の取り組み。
『人類が平和で差別、飢餓も無く、いつまでも健康で暮らせる世の中にする』
という目標に取り組めている大小の企業、個人が認可される。
ちなみに取り組みの評価が高い企業に、トヨタ自動車、ユニクロ、サントリーなど名だたる企業が選ばれている。
今まで藤井寺市、羽曳野市、堺市、松原市の整形外科、病院、整骨院で勤務し、難治性の慢性腰痛、足のしびれの臨床経験多数。
森ノ宮医療大学で准教授をされていた恩師から身体の細部に至るまで学び、アメリカの研究機関で学んだことを活用して独自の検査法と手技を開発。
現在、その検査法と手技を同じ治療家に広める活動も行っている。
MOTION+PAIN LABO 室長
(動作痛の研究室)
神経根障害(ヘルニア、脊柱管狭窄症、坐骨神経痛の総称)の専門家
整身技師アカデミー 主宰者
【 整身技師アカデミーとは?】
『己を知り、己を正す』
~正しい体の使い方~
という題目で南河内、堺市の一般の方に向けて、
定期的に慢性腰痛を回復するための体の正しい使い方、体の歪みについてレッスンや勉強会を開催。
さらに、同業者である治療家に向けて、先にお伝えした独自の検査法と手技、さらには慢性痛・足のしびれを回復させるセミナーを開いている。
キャンプ (家族ともするし、ソロ=1人きりでもする)
娘2人と戯れる (自分たちで考えたゲームやYouTubeで見たゲームをする)
料理 (妻が仕事の時の料理は全て自分が担当)
他院には無い
当院の大きな特徴
《 略歴 》
森ノ宮医療大学で教鞭に立つ傍ら、柔整師専門学校の非常勤講師を務める。
准教授時代に医療マガジンに執筆経験もあり、豊富な知識と経験を後世に残す活動を積極的に行う。
その後、大手医療法人にて医療技術の指導を担当。
教育者として過ごす中で現場への思いが強くなり、現在は訪問看護の施設長を務めながら自身も医療現場に立っている。
教え子の数は1000単位では数え切れず、多数の病院のリハビリ長など医療現場の一線で活躍中である。
《私たちは持続可能な開発目標(SDGs)を支援しています》
【 SDGsとは 】
『持続可能な開発目標』という意味で、 世界機関である国連(国際連合)が主催して、日本では環境省が統括している世界規模の取り組み。
取り組みの評価が高い企業に、トヨタ自動車、ユニクロ、サントリーなど名だたる企業が選ばれている。
開発目標の中に『あらゆる年齢の全ての人々の健康的な生活を確保し、福祉を推進する』というのがあり、その部分で当院の取り組みが評価されている。
初めまして、院長の金森と申します。
私は藤井寺市で生まれ育ち、現在は二世帯住宅で妻、娘2人、自分の母と5人暮らしをしています。
父は、私が27歳の時にガンで他界しました。
血液のガンによるもので、見つかったときには既に末期状態…。
当時、私は居酒屋の店長から営業マンへ転職したところで、合間をみては付き添いにいっていました。
父は余命半年と宣告されたにも関わらず、それよりも1年も多く生きてくれました。
その1年半は壮絶な闘病生活で、家族みんなで闘っていたように思います。
闘病生活を共に過ごし、抗ガン剤の副作用などで「違和感、痛み、しびれ」の症状で苦しんでいる父の姿を見て、何もしてあげれない自分が本当に許せなかったです。
そこから「症状」について徹底的に調べるようになり、自分に何か出来ることがないかを考えるようになりました。
調べるほどに無力さを痛感し、これは本格的に学ぶほかないと判断し、脱サラを決心して治療家の道を進み始めました。
そうなんです、父が僕をこの世界に導いてくれたんです。
私は小学校から高校までの10年間を野球に費やし、高校生の時にヘルニアによる坐骨神経痛に悩まされました。
そこでの経験も、今の仕事に就く大きな要因になっています。
野球をしていた中学生の時のコーチが今の業界で働いており、その方からの紹介で整骨院や整形外科で働きながら専門学校に通いました。
症状を良くする為には学校で教えられことだけでは足らず、校外にも積極的に学びを求めたものです。
その3年間は今までに経験したことが無いほど勉強量で、それが習慣となり、今では毎日体の勉強をするようになりました。人は変わるもんですね。
そして、父が導いてくれたこの世界で私は今、あなたと出会いました。
「違和感、痛み、しびれ」の症状に対する知識、技術には自信があります。
その自信でもってあなたの症状に向き合って参ります。
宜しくお願い致します。